Before daylight
聞き慣れた携帯のアラームで目を覚ます。
周りに迷惑をかけないように、と普段からボリュームを極力絞っているお陰か、
隣で心地良さそうに眠る熱の塊は微動だにしない。
ほっと胸を撫で下ろし、そのなだらかな額に控えめに口付けた。
仕事があるから行かなくてはならない。
この腕の中から出るのは名残惜しいけど…しょうがない。
そっと腕から抜け出すと、ベッドの下に散らばる服を手繰り寄せる。
冷たいそれに袖を通し終え、簡単に髪を整える。
「いくの…?」
毛布がもそりと動き、まだ眠気を含んだ声が聞こえた。
「うん…」
私は頷きながらベッドの縁に近寄る。
彼の腕が延びてきて、私の頬が包み込まれる。
どちらともなくキスをした。
ふっと切なげに吐息が口の端からもれる。
まだ湿り気を帯びたキスをやめ、瞳を開けて彼を覗き込む。
その澄んだ瞳の先に移るのが自分だけだと思うと、何故かちょっぴり泣きたくなった。
「いって、らっしゃい…」
彼が擦れた声で囁く。
私が頷くと、彼は再び眠りの世界に入った。
その額にもう一度キスをすると、私は立ち上がって家を出た。
鍵がポストの底に落ちる音を聞き届けると、私はアパートの階段を静かに降りた。
始発前の駅への道を歩きながら、空を見上げてみる。
まだ夜が明け切っていない薄紫色で、街が眠っているようだった。
大通りも昨夜はあんなに人がいて、イルミネーションも煌いていたのに。
いつもならクリスマスの次の日というのは、その閑散さに寂しさを覚える。
でも今日は違う。
足を止めて、ぼんやりとした自分の薄い影を見つめる。
それはきっとあなたのせいだ。心の中に浮かんだ愛しい人。
まだ夢の続きなんじゃないかと不安になるくらい。
だけど、全部覚えている。
今日は帰したくない、と言った真剣な彼の声。
それが何を意味しているか分からないほど子どもじゃなかった。
それを分かった上で、私はあなたの震える手をとった。
その一線を越えてしまえば、もう元の関係には戻れないかも。
それは今でも不安だけど。
それでも、彼の声、温もり、優しさ、おびただしいほどのキス。
どうしよう。思い出すだけで顔が熱くなる。
夢じゃないんだ。
ああ、愛おしさが込み上げてきて、胸が苦しい。
もう、あなたしか見えないに違いない。
白みだした冬空の、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
あなたはまだ眠っているのだろうか。
互いの鼓動を感じあったあの部屋で。
街は少しづつ、人で賑わいだしてきた。
あなたのことがすき。
だれよりも。
ゆっくりと息を吐くと、私は再び歩き出した。